あれこれ『相棒』~シーズン19編②

今週の読了本

碇卯人さんの『相棒 season19 下』-ドラマ『相棒』のノベライズシリーズ。

(2021年、朝日文庫)

出雲麗音銃撃事件の首謀者でありながら、逮捕を免れたIT長者の加西。一方、実行犯として捕えられた朱音静も供述を変更すると言い出して・・・・・・。仮想国家の支配者と特命係の最終決戦を描く「暗殺者への招待」、雨宿りの客が忘れていったハンカチを届けた小手鞠が事件に巻き込まれる「忘れもの」、ヒロコの店の常連の貿易会社社長が殺害され、特命係が事件の意外な真相を解き明かす「薔薇と髭の不運」など6篇を収録。《連続ドラマ第19シーズンの第14話~第20話を収録》

-裏表紙より引用

 

各話のあらすじと感想など

※以下ネタバレあり

第十三話「忘れもの」(脚本:山本むつみ、放送では第14話)

いつものように小料理屋『こてまり』を訪れた特命係のふたりは、女将の小手鞠から店番を頼まれる。なんでも、客に忘れ物のハンカチを届けに行くというのだ。「高校の同級生と再会した」という電話を寄越したきり、翌日になっても店に戻ったようすがない小手鞠に事件の匂いを嗅ぎ取った右京と亘は、青木が捉えた小さな手がかりから彼女の捜索を開始する・・・・・・。

 

山本作品でありながら遠峰小夜子シリーズの続編ではなく、ゲストが宮川一朗太でありながら「そして妻が消えた」(脚本:根本ノンジ、S17#14)の続編でもないという、当時の私を大いにやきもきさせた話。「オマエニツミハ」(脚本:瀧本智行、S19#11)で発覚した、青木が右京のプライベートを探っているという謎の小ネタを再利用して話を展開させ、オチでは「ディープフェイク・エクスペリメント」(脚本:輿水泰弘、S18#20)で小手鞠が初対面の亘に靡かなかった理由が明らかになった。また、犯人に羽交い締めにされた小手鞠が足の甲を踏んで脱出する展開は、プレシーズンの第一話や亀山薫卒業回など輿水作品に度々登場するものであり、元々『相棒』ファンだったという噂がある山本さんならではの引用だった。

 

第十四話「薔薇と髭の不運」(脚本:児玉頼子、放送では第15話)

捜査一課の出雲は貿易会社社長強盗殺人事件の聞き込みの最中に、ゲイバー『薔薇と髭と・・・・・・』のママ・ヒロコがひったくりに遭う現場に遭遇する。出雲の助けにより、幸いヒロコに怪我はなく、バッグも無事だったが、犯人は逃走してしまう。強盗殺人事件の被害者がヒロコの店の常連だと知った捜査一課が、その証言から被害者の愛人に疑惑の目を向けるなか、特命係のふたりは事件とひったくり未遂の関連を疑う・・・・・・。

 

登場から日が浅い女性キャラクターである出雲や小手鞠と、おなじみヒロコママのスリリングなやりとりが面白い。『相棒』初参加作品「容疑者 内村完爾」(S17#16)での伊丹の大人げないふるまいに表れているように、児玉さんのユーモアはそのキャラクターの核心をついているように思える。

 

第十五話「人生ゲーム」(脚本:瀧本智行、放送では第16話)

外食に出かけた特命係のふたりは、駅前で制服警官に声を掛けようか迷っているように見える少年に遭遇する。彼の顔にアザがあることから右京と亘は声を掛けるが、「友達を助けてください!」と、思わぬ話を聞かされる。二手に分かれて誘拐事件の内偵捜査を開始する特命係。しかし、息子を誘拐されたはずの激安スーパーの社長は何故かその事実を隠し、秘密裏に身代金交渉を進める・・・・・・。

 

借金で何もかもを失った男と、虐待を受けている少年の友情が物語の核であり、年の差を利用した“友達”の叙述トリックは先入観をつく巧みなものだった。「良い話過ぎてあざとい」と見る向きもあるが、後の瀧本作品「詩集を売る女」(S20#18)や「黒いコートの女」(S21#10)などを観ると、彼が今までの『相棒』では重いテーマとして扱われてきた“無戸籍児”や“養子”の問題をあくまでもミステリのピースとして簡潔に描いていることが分かる。これらの例に照らし合わせると、“年の離れた友人”という“泣かせる題材”も、叙述トリックを成立させるためのものだという見方もできる。

 

第十六話「右京の眼鏡」(脚本:神森万里江、放送では第17話)

懲りずに“覗き”を続けていたサイバーセキュリティ対策本部の青木は、向かいのマンションに不審な人物が入居するのを目撃する。彼らのうちのひとり-車椅子に乗った人物が入居以来全く姿を見せないことから、青木は監禁の可能性を訴える。半信半疑の右京と亘が青木と共に調査を開始すると、不審人物たちは老舗眼鏡メーカー・田崎眼鏡の社長一家だと判明する。田崎眼鏡では目下、お家騒動の末の殺人が発生しており・・・・・・。

 

「右京のスーツ」(脚本:徳永富彦、S9#14)、「右京の腕時計」(脚本:徳永富彦、S12#6)に次ぐ“右京の身だしなみシリーズ(?)”第三弾。例によって犯人は職人であったが、先の二作が右京と犯人のやりとりに重きが置かれた半倒叙であったのに対し、この話では特命係は眼鏡職人の松田にはあまり執着せず、“お家騒動の謎”の方向から事件にアプローチしている。ミスリードの側面を強めた結果かもしれないが、情報統制のための引っ越しやネジ発見の経緯などとともに、やや不自然に思えた。

 

第十七話「選ばれし者」(脚本:杉山嘉一、放送では第18話)

男性の銃殺死体が発見された。身分証その他すべての所持品が持ち去られていたことから物盗りの線も浮上するが、被害者が話題の小説『魔銃録』の作者だと判明すると、捜査方針は大きく転換する。数か月前に『魔銃録』に感化された若者が代議士を銃撃する事件が発生していたのだ。襲撃犯も使用された銃も既に警察の手中にあったが、驚くべきことに、小説家殺害現場から発見された銃弾の線条痕が、代議士襲撃に使用された銃のものと完全に一致して・・・・・・。

 

同一線条痕にまつわる不可能犯罪に特命係が挑む話。魅力的な謎であり、銃殺事件という緊張感も相まって、引き込まれる冒頭だった。この点ではシーズン17以降に新規参入した脚本家の中でも白眉だが、肝心の真相の納得感は低かった。警備が厳重な科警研から銃身が持ち出せるのはどういう理屈か。例えば、銃把にだけ万引き防止タグ的なものが付いていたので銃身は取り外せば持ち出せた、というような説得材料(ハッタリでも構わない)があればまた違ったと思った。だが、第二の事件が発生する展開や白バイ隊員銃撃事件を活用したストーリーは非常にファン心をくすぐった。

 

第十八話「暗殺者への招待」(脚本:輿水泰弘、放送では第19話・第20話)

時は2020年10月。特命係は白バイ隊員銃撃事件の実行犯・朱音静を逮捕したが、教唆犯のIT長者・加西周明は衣笠副総監の“鶴の一声”によって逮捕を免れていた。送検された朱音は一か月以上も検事調べでの供述を“保留”した後、加西に銃撃を指示されたという供述は嘘だったと翻した。供述変更の直前に大手事務所の弁護士が朱音と面会していたことを知った右京と亘は、加西が金で朱音を買収した可能性に思い至り、金銭授受の全容解明に動き出す・・・・・・。

 

ドラマ本編にはないセリフやシーンが若干あった。以前にも述べたが、これは放送でカットされたシーンの可能性が高いのでありがたい。出雲や新生・内村部長については前回述べたので、正直書くことがない。

aibouninngenn.hatenablog.com

おこがましいことは承知の上だが、この話は文句なしに面白い。内村部長の生まれ変わりが物語に巧みに組み込まれており、時系列が非常に分かりやすくなっている。そして、警察上層部との対立を内閣との対立で上書きして昇華するテクニックも圧巻だ。これを見越して「超・新生」を書いていたのなら天才としか言いようがない。

 

終わり

前回よりも抑制した態度で文章を書けた気がする。シーズン19は全体的に再視聴の頻度が低いのだが、輿水作品、特に「暗殺者への招待」は何度も見直している。見返すたびに発見があり(例えば、朱音静が検事の発言から加西暗殺計画を思いついたことなど)、ひっじょーに面白い。白状するが、私は輿水作品が好きだ。贔屓目に見ていると言われても反論はできない。

 

 

<了>