この世界に摩擦がなかったらどうなるか。
という問題が物理の試験で出題された。
この問題の正解は「白紙」だった。
摩擦がなければ文字が書けないからだ。
これは中一の時、担任だった理科の先生から聞いた話だ。
彼女は発想力の大切さを説いた。
高三の時、現代文の試験で奇妙な問題が出題された。
それは「自分が思う自分の強みを十五字以内で書く」というものだった。
最終問題で、配点も妙に高かった。
私は考えた。自分の強みとは何か。
無い。思い浮かばなかった。
私は咄嗟に「私の強みはここでは言えません。」と書いた。
十五字ピッタリで、私にとっては最善の解答だった。
試験が終わった後、私は出題意図を考えた。
もしかしたら何を書いても点が貰える問題なのではないか。
高校生活最後の定期試験だったので、ない話ではないように思われた。
これは先生からのエールだ、きっと。
結果、私はその問題で一点も貰えなかった。
普通に落とした。部分点すらも貰えなかった。
理由は簡単。自分の強みを書かなかったからだ。
おまけに、答案返却後に先生に呼び出された。
ここでは言えないと言っていた君の強みとは何か、と問われた。
私は正直に、書くほどの強みは私には無い、と答えた。
若手の国語教師は優しい目で、私を諭した。
この先の人生で強みを聞かれる瞬間は確実に訪れる。苦しくても“何か”は答えなさい。
私は恥じた。
下心が無かったと言えば嘘になる。
受けポジで謙虚さや機転が認められるのを待ってしまっていた。
とんちポイントが貰えることを期待していた。
以前にも、こんな気持ちを味わった気がする。
たまたま入った大学に、小説家養成ゼミがあった。
それを知った時、私は運命だと思った。
私には、小説家になりたい、という埃をかぶった夢があった。
だから、これは運命だと思った。
しかし、運命ではなかった。
私は書類選考でそのゼミに落ちた。
そして今は、辞書片手に漢文を読んでいる。
一年前には想像もつかなかった人生を歩んでいる。
これが運命か、などと思っている。
今週の読了本
若竹七海さんの『サンタクロースのせいにしよう』ーミステリ短編集。
一戸建てを二人でシェア、料理さえ作れば家賃はタダ。そんなおいしい話を見逃す手はないーー。というわけで、気はいいけれど変わり者のお嬢様・銀子さんの家に居候することになった私。しかし、引っ越し早々、幽霊は出るわ、ゴミ捨て場の死体騒動に巻き込まれるわ・・・・・・なぜかトラブルが続発。郊外の平凡な住宅地を舞台に、愛すべき、ちょっと奇妙な隣人たちが起こす事件を描くミステリ短編集。
-裏表紙より引用
引っ越し早々首吊り老婆の幽霊に遭遇する「あなただけを見つめる」、お騒がせ隣人“鈴木さん”の死体騒動に巻き込まれる「サンタクロースのせいにしよう」、銀子さんの腹違いの兄・曽我竜郎とともに“チューリップ消失事件”の謎を解く「死を言うなかれ」、付くはずのない足跡が老婆の幽霊問題を解決に導く「犬の足跡」、自殺した銀子の妹・卯子に生前殺されかけたと主張する女が登場する「虚構通信」、銀子さんとの台湾珍道中を描いた「空飛ぶマコト」、共同生活の終わりと“私”の心境の変化を描いた「子どものけんか」の全七編。
一話一話に(日常ミステリというには少しブラックな)謎があり、存分に若竹七海が堪能できた。特に「虚構通信」がすごかった。“悪意”について考えさせられる。
そして、この本には後の作品『死んでも治らない 大道寺圭の事件簿』に登場する女性・彦坂夏見が“私”の友人として登場する(おそらく初登場?)。
登場作品は他にもあるらしい。読まねば。
<了>