ごめんね、ネロ。

入学してからしばらく経った頃、同級生と遊ぶことになった。

待ち合わせの場所に行くと、約束をした人物のほかにもいくつかの顔があった。

見覚えのある顔も、初めて見る顔もあった。

だが、怯んではいけない。

僕は持てるだけの社交性を発揮し、懐からデッキケースを取り出した。

我々は今流行りのカードをトレードするために集まったのだ。

彼らもポケットから取り出した。レアものが多い。

コレクション派の僕は、二枚以上持っているカードしかトレードに出さないものだと思っていたが、そうではないようだ。

 

話し合いの末、トレードが成立した。

僕は黄色のカードを差し出す。

ところが、受け取った相手は「これはいらない」と言って、カードを地面に捨てた。

手にはそのカードから取り外したチップを持っている。

コレクション派の僕は、対戦には用いない物もとっておくものだと思っていたが、そうではないようだ。

 

ショックだったが、僕はヘラヘラ笑っていた。完全に怯んでいた。

地面には、抜け殻となったネロのイナップが落ちていた。

 

ヘラヘラ笑いながら、僕はただ、そのカードを見ていた。

 

ごめんね、ネロ。

 

お開きになった後、僕はカードを拾った。

洗礼を受けた、小一の冬だった。

 

ネロのイナップ

 


ゼミの食事会に出席した。

友人のMr.レタスは、会場となったレストランの口コミを調べていた。

彼はなぜか低評価のレビューばかりを見ていた。

どうしてわざわざそんなことをするのか。私が問うと、彼は答えた。

 

「自分の世界ランキングが上がるから」

 

低評価レビューの存在を否定するつもりはないが、難癖のように思えるものが存在するのも事実だ。

私はそういうものを見ると凹んでしまう。しかし、Mr.レタスはそうではなかった。

自己肯定感を高めるために、あえて低評価のレビューを見ていたのだ。

なんてポジティブな人なんだろう。

ネガティブが行き過ぎて辿り着いた境地のようにも思える。

 

同好の士はいないけれど、新しい見方をくれる友人はいる。

 

 

今週の読了本

石持浅海さんの『カード・ウォッチャー』-旧態依然の研究所VS労働基準監督署

(2014年、ハルキ文庫)

ある日、遅くまでサービス残業をしていた株式会社塚原ゴムの研究員・下村が、椅子の背もたれに体重をかけ過ぎて後方に倒れ、とっさに身を守ろうとして手首を怪我してしまう。その小さな事故が呼び水となり、塚原ゴムに臨検が入ることになった。突然の立ち入り検査に、研究総務の小野は大慌て。早急に対応準備を進めるが、そんな中、倉庫で研究所職員の変死体を発見。小野は過労死を疑われることを恐れ、ひたすら死体の隠ぺいに努めるのだが・・・・・・。新感覚会社ミステリー、待望の文庫化! (解説・細谷正充)

-裏表紙より引用。

 

サービス残業当たり前、小さな怪我は日常茶飯事の塚原ゴムの研究所。そこで起きた転倒事故。下村の妻が労働基準監督署に申告したことで、研究所に臨検が入ることに。検査の矛先が勤務実態に及ぶことを悟り、研究総務には諦めのムードが漂う。だいいち、隠蔽すれば犯罪だ。

臨検に向けた準備をしていた小野は、倉庫で基礎研究室の研究員・八尾の遺体を発見する。臨検まではもう時間がない。小野は上司の米田に報告するが、米田は蘇生の見込みがないことを理由に、臨検が終わるまで遺体を隠蔽することを提案。偶然、話を聞いてしまった応用研究室の研究員・青木とともに言いくるめられてしまった小野は、遺体の存在を悟られないようにしつつ、労働基準監督官の応対をすることに。ところが、監督官の北川は想像以上の切れ者で、研究所の実態は次々と暴かれていく・・・・・・。

 

研究所というクローズドサークルでの攻防を通じて、小野は自身が会社という巨大なクローズドサークルに囚われていたことを自覚する。いつの間にか労基署の側に立ったり、北川に振り回される労基署技官の介良に同情したりと、小野の変化が面白い。

 

石持さんの作品では、いわゆる警察側が勝利するとは限らないので、その点で先が読めない読書だった。

 

そもそも、警察が物語の中枢にいない話も多い。

以前読んだ『高島太一を殺したい五人』(2022年、光文社)もそうだった。

note.com

 

まだ未読の本があるので、噛みしめて読んでいきたい。楽しみ。

 

 

<了>