八嶋智人がトイレに流される。
そんな記憶が、私にはある。
古い学校にあるような、タイル張りのトイレの個室。
ドアを開けると、そこにはバンザイをした八嶋智人がいた。
彼の下半身は、既に洋式のそれに飲み込まれている。
次の瞬間、八嶋智人は高速回転しながらトイレに流されていった。
そんな映像を観た記憶が、私にはある。
一番古い記憶という訳ではないだろうが、この記憶は私の中にずっとあった。
トラウマのような、夢のような記憶だ。
そんな記憶を抱え生きて、十数年。
折あるごとに「八嶋智人 トイレ 流される」などと検索してみたが、それらしいものは見当たらなかった。
しかし、謎は突然に氷解した。
先日、YouTubeを観ている時のことだった。
私がチャンネル登録している投稿者が、一本の動画をアップしていた。
スーツ姿の男ふたりの首が宙に浮いているというサムネイルの動画で、『世にも奇妙な物語』で放送された超短編作品を観ていくという内容だった。
その動画内で紹介された作品のひとつに、強烈なデジャヴを覚えた。
とあるレストラン。
テーブル席でコーヒーを飲んでいたサラリーマンが立ち上がり、食器を片付けている店員に「トイレ貸して」と一言。
店員は「すいません、使用禁止になってます」と答えるも、男は「トイレぐらい使わせろよ!」と横柄な態度でそのままトイレへ。
「お客さん!」
困った様子の店員は慌てて「使用禁止」の張り紙があるドアを開ける。
水洗の音。
絶叫する店員の視線の先には、下半身から洋式トイレに流されていく男の姿が。
「助けてくれー!」
叫びも虚しく、男はトイレに流されていった・・・。
ああ、これかもしれない。
トイレの雰囲気や流され方は記憶とは異なるが、バンザイをした男がトイレに流されるという点では一致している。
サラリーマン役の男は八嶋智人ではなかったが、おそらく記憶が混同したのだろう。
『世にも奇妙な物語』だったか。
どうして今まで思い至らなかったのだろう。
この作品の放送日を調べるために、私はウィキペディアを開いた。
『世にも奇妙な物語』のページには「世にも奇妙な物語の放映作品一覧」という項目があった。
調べてみると、超短編作品は「アバンストーリー」と呼ばれ、放送の導入を担っていたことが分かった。
書かれているあらすじから、問題の作品は1990年に放送された「レストランのトイレ」だと分かった。
1990年、私が生まれるより10年以上も前だ。
私はいつ、どこで、この作品を観たのだろうか。再放送でだろうか。
そんなことを考えつつ、画面を下にスクロールしていくと、ある記述が目に留まった。
トイレっと(「レストランのトイレ」のリメイク) 急いでトイレに駆け込む男(田中要次)、しかしトイレは掃除中。清掃員のおばさん(山梨ハナ)は「トイレは使用禁止なの」と言うが男性は無視して「使用禁止」のトイレに入った。男が用を足したあとに洋式便所のレバーを回すと、突然トイレから悲鳴が…心配になって駆けつけた清掃員のおばさんは慌ててドアを開くと、男がトイレに流されているのを見てしまう…。 「世にも奇妙な物語の放映作品一覧」『ウィキペディア フリー百科事典 日本語版』
最終更新日時:2023年1月22日 7:06(日本時間)アクセス日時:2023年3月16日 23:13(日本時間)
男がトイレに流される話は、他にもあったのだ。
気になったので調べてみると、30秒弱の動画が出てきた。
その内容は、上に引用したあらすじの通りだった。
見終わった時、私は茫然としてしまった。
ああ、これだ。絶対にこれだ。
トイレの雰囲気や高速回転する流され方、バンザイの姿勢から何まで私の記憶と一致していた。
ただひとつ異なるのは、トイレに流されたのが八嶋智人ではなく田中要次だったということだ。
かなり大きな違いだが、その他の部分の一致度合いを考えると、しかしこれは私の記憶違いだということに落ち着きそうだ。
「トイレっと」は2006年3月28日に放送された『世にも奇妙な物語~15周年の特別編~』で放送されたアバンストーリーだった。
2006年なら私も生まれているので、幼い私がこれを観た可能性は十分にある。
それがきっかけでトイレが怖くなったという可能性も、十分にある。
動画のコメント欄には、私と同様にこの作品がトラウマだったという人たちがいた。
ふとした瞬間にトラウマは生まれ、ふとした瞬間にトラウマは氷解する。
記憶がいかに曖昧かを思い知った。
私には「柴咲コウがヤクザの足をかんざしで貫く」という記憶もあるのだが、この謎が解ける瞬間も、いつか訪れるのだろうか。
<了>