教習所に入所してから一か月弱。
ようやく仮免試験に合格した。
いや、真っ白なスケジュールに教習を詰め込んだのだから「ようやく」ではないな。
きっと最速だ。そう思っておこう。
朝イチで技能試験。
点呼でわが同級生の名が呼ばれて驚いたが、当人は不在だった。
本人か、それとも同姓同名の別人か。ちょっと気になる。
いよいよ運転。
居眠りこいちまうんじゃないかと思うくらいには寝不足だったが、運転席に座ると流石に目が覚めた。手汗。脇汗。
教官の指示通りにコースを進んでいく。
クランクも、S字も、踏切も、滞りなく。
我ながら素晴らしい成長具合。
左折で挫折して半べそかいてたとは思えない。
なんとかかんとかフィニッシュ。
結果発表待ち。
待ち時間が案外長い。
景色を眺めて、眠気と和解する。
モザイクアートのような街並みを見下ろす。
家、家、マンション、寺、小学校。
視界の中心にカラフルな建物があることに、ふと気付く。
よく見るとそれは、私が通っていた幼稚園だった。
周りの建物にも見覚えが出てきた。
入所以降、幾度どなく眺めてきた景色の中に思い出の場所があったなんて。
今になってそれに気付くなんて。
私はなんだか可笑しくなった。
もしかしたら、ずっと寝ぼけていたのかもしれない。
懐かしい幼稚園。
あんなにも家々に囲まれていたのか。
懐かしい、あのベランダ。
幼馴染とふたり、あそこから今自分がいる場所を眺めたこともあったっけ。
私は不思議な気持ちになった。
あの頃の自分が見た場所に、今、私はいる。
十数年の時を越えて、過去と向かい合っている。
私は不思議な気持ちになった。
十数年の時を越えても、私はまだ、この街にいる。
教官がやってきて、合否を告げた。
思っていたよりもギリギリの合格だった。
少し、慎重すぎたようだ。
学科試験にも合格した。
次は路上教習だ。
あの幼稚園の側を通れるだろうか。
不安だけど、やるしかない。
気持ちを切り替えて、頑張ろう。
今週の読了本
若竹七海さんの『船上にて』。
あらすじ
“ナポレオン三歳の時の頭蓋骨”がなくなり、ダイヤモンドの原石も盗まれた。意外な盲点とは――表題作「船上にて」。屋上から突き落とされたOLのダイイングメッセージの皮肉を描いた「優しい水」。五人が順繰りに出した手紙の謎に迫る「かさねことのは」など8編を収録。著者自ら選んだミステリー傑作短編集。
-裏表紙より引用
上記の3編の他に、もみの樹を通じて“五十嵐洋子”の真実を悟る「時間」、痴漢の復讐劇を断片的に描いた「タッチアウト」、“手紙嫌い”の女が予期せず原体験に激突する「手紙嫌い」、呪われた一族を描いた「黒い水滴」、空を飛ぶ生首は友人の幽霊なのかー「てるてる坊主」の5編が収録されている。
初期の作品ということもあって、これまで読んできた若竹作品とは雰囲気が異なっていた。そのあたりのことは「文庫版あとがき」で作者自身も言及しているが、さらに後の『暗い越流』(2016年)を読んだ身からすると最初の一編「時間」などは別人の作品かと思ったほどだ。
凝ったトリックから、ホラーチックな作品まで盛りだくさんだった。「優しい水」と「手紙嫌い」の“ドキッ”感、客船モノ「船上にて」の“オッシャレ~”感が、特に気に入った(あんまり書くとネタバレになってしまう)。
文庫版には単行本の「あとがき」も収録されている。執筆スタイルや収録作品の裏話が書かれている。「文庫版あとがき」では、改めて作品を読み直してみての感想や分析がユーモラスに綴られている。
あとがきまで、面白かった。
<了>