JUNAN BOY

子どもの頃はできないことがたくさんあった。

鉄棒の前回り、自転車、グリンピース・・・。

 

グリンピースは食べられるようになったけど、いくら練習しても鉄棒の前回りはできなかったし、自転車にも乗れなかった。

子どもの頃はそれがコンプレックスだった。

 

でも学年が上がるにつれて、鉄棒や自転車のスキルが無くても生きていけることを知った。

だましだまし、私はなんとか鉄棒から、自転車から逃げ切った。

それから現在まで、大した挫折もなく生きてきた。

辛かった出来事を忘れてしまっただけかもしれないが、体育の授業で置いていかれた時のような焦燥も、居残りで給食を食べ続ける時のような絶望も久しく感じていなかった。

大人になってなんでもできるようになった気でいるが、単に人生に慣れ、挑戦をしなくなっただけなのだろう。

変化を嫌い、慣れたことをしていれば挫折などあるはずもない。

 

 

教習所に通い始めて一週間ちょい。

学科教習はまずまず。

問題は技能教習だ。

 

実車教習の一回目ではコースを右回り。

ウインカーの出し方を度忘れしてプチパニックに。危うく事故るところだった。

でもその後に感覚をつかみ、教官から「安泰だ」と言われた。

 

普段から自転車に乗ってる人ならブレーキ調節の感覚がつかみやすいらしい。

こんなところで自転車に乗れないことが枷になるなんて。

 

実車二回目。コースを左回り。

まあ、なんと、左折が全然できない。

何回やっても縁石に乗り上げまくる。

アドバイスを聞いても全然できない。

返事はちゃんとしていただけに、実は話を聞いてない奴か、純粋な馬鹿者だと思われたんじゃないだろうか。

上杉祥三似の教官に優しく諭されて泣きそうになった。

 

鉄棒にひとり取り残されたあの日を思い出す。

 

久々の挫折、久々の悔しさ。

 

 

帰り道、青空と西日。ランドセルと通園バス。

愛すべき日常がそこにはあった。

この世界の広さを思えば、中空の箱庭なんてちっぽけなもの。

 

気持ちを切り替えて、頑張ろう。

 

 

 

教習所への移動時間、待ち時間に本を読めるのがせめてもの救い。

若竹七海祭り継続中。ポプラ文庫の『プラスマイナスゼロ』(2019年)。

不運に愛される美しいお嬢様・テンコ、義理人情に厚い不良娘のユーリ、〝歩く全国平均値〟ことミサキの、超凸凹女子高生トリオが、毎度厄介な事件に巻き込まれ、おだやかな町・葉崎をかき乱す!学園内外で起こる物騒な事件と、三人娘の奇妙な友情が詰まった青春ミステリ。

-裏表紙より

葉崎山の頂上に位置する葉崎山高校に通うJK三人組の春夏秋冬を描いた短編集。

お嬢様と不良と歩く平均値のトリオを「プラスマイナスゼロ」と表現したのは天才だ。そして、葉崎山高校が僻地にあるがゆえに毎年定員割れして、その結果様々な層の生徒が集まるという設定も面白い。凸凹コンビ・トリオ・グループを描いた作品は割とあるが、理にかなった設定付けがなされているものは意外と珍しいのでは。

ただし、お嬢様と不良のどちらが「プラス」でどちらが「マイナス」なのかは意見が分かれる。というのも、このお嬢様・テンコはめちゃくちゃ不運。帯文にある通り、葉村晶よりも不運。転んで、落ちて、牛やらヘビに襲われて。でも軽傷。神からの試練だと宣う。一緒にいるユーリ、ミサキも巻き込まれ、死体を発見することもしばしば。

 

「そして、彼女は言った」では空き家から轢死体を発見し、「青ひげのクリームソーダ」では海の家で謎の女に遭遇、「悪い予感はよくあたる」では文化祭でパチンコ魔の正体を暴き、「クリスマスの幽霊」では何故か病院での奉仕活動に参加し、「たぶん、天使は負けない」ではインチキ奇術師の殺人に巻き込まれる。続く「なれそめは道の上」では三人が仲良くなるきっかけとなった一年前の出来事が、「卒業旅行」ではテンコの別荘での絶体絶命の危機が描かれる。

ミサキの視点で進み、三人で推理するショート・コージーミステリー七編に加え、新装版にはあとがき代わりの書下ろし掌編「潮風にさよなら」が収録されていて、三人のその後が描かれている。

 

神奈川県の架空都市・葉崎市シリーズの学園&青春ミステリ。葉村晶シリーズにも登場した葉崎在住のハードボイルド作家・角田港大先生も間接的に登場する(時系列的には今作の方が先)。

 

広がる若竹七海ワールド、葉崎市シリーズもまだまだ積まれているので読んでいこう。

 

 

<了>