『シグナル』櫻井武晴(2001年、徳間書店)

『シグナル』は櫻井武晴によるサイコホラー、ミステリー小説。本来は映画用のシナリオだったが、紆余曲折を経た後に音楽プロデューサー・柴田新の働きかけによってタイトルやストーリーをそのままに小説として出版された(あとがきより)。※『シグナル 長期未解決事件捜査班』とは別物。

電子レンジに脳が入っているイラストが特徴的なカバー。

推薦文つきの帯。
第3回日本SF新人賞作品募集の案内が挟まれていた。

 

目次

プロローグ(目次への記載なし) 5

第1章 暴走の瞬間 7

第2章 ありえない屍体 35

第3章 先行捜査 53

第4章 イタズラ電話 73

第5章 脳溶解連続殺人事件 86

第6章 電子レンジ殺人 114

第7章 携帯電話 143

第8章 キツツキ 165

第9章 失われた過去 187

第10章 切り札 207

第11章 青函連絡船沈没事故 226

第12章 記憶 256

第13章 1977~1978 293

第14章 約束 335

ENDING・・・・・・ 371

あとがき 379

 

登場人物

飯村景(いいむら・けい)・・・警視庁捜査一課一係大前田班 刑事・巡査部長。

佐々薫(ささ・かおる)・・・科学捜査研究所物理科機械係・技官。景の恋人。

 

飯村朝登(いいむら・あさと)・・・景の養父。元精神科医

佐々マキコ(ささ・まきこ)・・・薫の母。リニアモーターカー開発チームの元研究員。

麻生結城(あそう・ゆうき)・・・マキコを担当する脳神経内科医。

類沢悦子(るいさわ・えつこ)・・・マキコを担当する介護福祉士

 

坂本典子(さかもと・のりこ)・・・警視庁鉄道警察隊 上野駅駐在・巡査長。

山谷智(やまや・さとる)・・・監察医務院・監察医。

 

大前田(おおまえだ)・・・警視庁捜査一課一係 主任捜査官・警部。

古芝(こしば)・・・警視庁捜査一課一係大前田班 主任補。

北森(きたもり)・・・警視庁捜査一課一係大前田班 刑事・巡査部長。

月館(つきだて)・・・警視庁捜査一課一係大前田班 刑事。

早川(はやかわ)・・・警視庁捜査一課一係大前田班 刑事・巡査。

 

大貫(おおぬき)・・・警視庁公安部 刑事。

 

布田公夫(ふた・きみお)・・・警視庁総務部企画課犯罪被害者対策室 職員・警部補。脳溶解事件 第一の被害者。

 

牧野庄司(まきの・しょうじ)・・・景の実父。

牧野景子(まきの・けいこ)・・・景の実母。

小次郎(こじろう)・・・牧野家の飼い犬。

 

あらすじ 「過去がないのは未来がないのと一緒だ」

警視庁刑事の飯村景には両親の記憶が無かった。七歳の時、海難事故に遭って両親を亡くし、さらに、そのトラウマ体験のせいで事故に遭う以前の記憶が全て失われてしまったのだ。養父の朝登との関係は良好だが、それでも景は「両親の記憶を持たないことが、いつか人生に決定的な影響をもたらすのではないか」という漠然とした不安にさいなまれていた。科学捜査研究所に勤務する恋人の佐々薫との結婚に踏み切れないのも、そんな理由からだった。一方の薫はアルツハイマー認知症を患う母・マキコとの関係に苦慮していた。

着信履歴に残らない奇妙なイタズラ電話のせいで不眠症に陥った景は、寝不足のまま在庁番初日を迎えた。交通事故の応援捜査や書類仕事に忙殺された景が帰りの電車に揺られていると、目の前に座っていた乗客が突然死した。死亡した男性は景の同業者だったうえに、死因は脳細胞溶解という前代未聞のものだった。外傷は無く、病死の可能性は低いものの、殺人かどうかも定かではない案件の先行捜査を押し付けられた景だったが、事態はやがて警察官連続殺人へと発展していく・・・。

 

作者

櫻井武晴(さくらい・たけはる)

1970年東京生まれ。早稲田大学卒。1993年東宝映画に入社、在職中、第一回読売テレビシナリオ大賞受賞。企画・プロデュース業務に従事しながら、脚本家としても活躍。29歳の時に、『催眠』のプロデュースを担当。2000年退社してからは脚本に専念。この『シグナル』は初めての小説である。

-カバーそでより

後の脚本作品に『科捜研の女』シリーズ、『相棒』シリーズ、『ATARU』シリーズ、劇場版『名探偵コナン』シリーズなどがある。別名義は飯田武

『相棒』シリーズ 櫻井武晴 脚本作品リスト

 

後の脚本作品との共通点 ※主に『相棒』

 

電磁波

放射線や光、電波の総称。この小説では様々な電磁波干渉が描かれている。電磁波が人間の精神に悪影響を与えた例として作中で紹介されたウッドペッカー事件は、1976年にアメリカで起きた電波を用いたテロ事件のこと。

電磁波干渉の事例として佐々薫が言及した「タクシー無線による火災」は、後に『相棒』の「殺人ヒーター」(シーズン4#6)でトリックとして用いられる。また、お告げが聞こえる少年の予言通りに強盗事件が発生する「超能力少年」(シーズン7#13)の真相にも電磁波が関係している。

2018年に劇場公開された『名探偵コナン ゼロの執行人』では、「IoTテロ(インターネットに接続された携帯電話や家電をジャックし、火災などを起こすテロ)」という、よりタイムリーな形で電磁波干渉が描かれ、その三年後に劇場公開された『名探偵コナン 緋色の弾丸』では、電磁波干渉という形ではないものの、リニアモーターカーMRI装置の暴走が取り上げられている。

 

二人組精神病

精神病者の性格や行動、ときには記憶が、共に暮らしてきた者に伝染した状態のこと。薫とマキコの関係の他、物語の根幹にも「二人組精神病」が関わってくる。

2013年に公開された『劇場版 ATARU THE FIRST LOVE & THE LAST KILL』におけるアタルとマドカの関係性にも通ずるものがある。

『相棒』全体に目を向けると、砂本量 脚本の「密やかな連続殺人」「悪魔の囁き」(シーズン4#4・5)における村木茂雄と安斉直太郎、輿水泰弘 脚本の「アレスの進撃」「アレスの進撃~最終決戦」(シーズン18#1・2)における岩田親子の関係性が、特殊なケースではあるが、これに近い。

 

その他にも「消えた死体」(シーズン2#7)や「雪原の殺意」「白い罠」(シーズン2#15・16)、「サザンカの咲く頃」(シーズン5#20)、「酒壺の蛇」(シーズン11#19)との共通点が確認できた。

 

まとめ

スピンオフ小説『鑑識・米沢の事件簿〜幻の女房〜』を書いたことがきっかけで『相棒』に参加したハセベバクシンオーや2012年に『犯罪者 クリミナル』で小説家としてデビューした太田愛のように、『相棒』に携わった脚本家で小説を書いている者は少なくない。しかし、専業脚本家になって間もない時期に小説が出版されるのはレアケースだろう。

 

この小説には後の脚本作品との共通点が多いが、事件そのものは『相棒』的ではない。『相棒』の櫻井脚本作品は、その道のプロにスポットを当てた「職人モノ」と警察の不祥事などを扱った「社会派モノ」の二種類に大別できるが、この小説はそのどちらでもない。『相棒』以外で内容が近い作品としては『名探偵コナン ゼロの執行人』と『劇場版 ATARU~』が挙げられる。前者がアニメーション作品、後者が「特殊能力モノ」である点からも、この小説がかなり攻めた内容だということが分かる。

 

挑戦的な内容に『相棒』的要素が散りばめられている、この『シグナル』を読めば、櫻井武晴の守備範囲の広さを堪能することができるので、気になった人は是非読んでみて欲しい。

 

 

「消えた死体」(左)と「白い罠」(右)のラストシーンより。
なぜか「消えた死体」だけテレ朝のロゴがでかい。

 

 

<了>