ぱんぱんに膨らんだコストコ風の巨大なショッピングバッグを二つ提げ、慎重に階段を下りる。
鏡張りの階段フロアは家電量販店を思わせるが、ここはヤマダ電機ではない。
ましてやコストコなどではない。
大量の参考書、CD、雑誌を袋ごと店員に渡す。
ここはブックオフだ。おそらく居抜きの。
今日は家長の運転で不要品を売りに来た。
ほとんどが私の物だ。
家長は知らないだろうが、この中には水着写真集もある。
去年、ノリで買ったヤツ。しかも、この店で。
180円という衝撃の安さに惹かれて購入したのだが、だんだん恥ずかしくなってきた。
だから、売る。家長にバレないように。
私も一応は成人なので、水着写真集をコロコロコミックのように読むなんて造作もない。
ウソじゃない。強がりじゃない。
だけど、だけどね。
どうも家長の前だと堂々とできない。
マンガですら堂々と読めない。DSだって未だにコソコソやってしまう。
ある意味、受験生気分が抜けていないのかもしれない。
とにかく、今日のミッションは家長にバレずに水着写真集を売っぱらうことだ。
買取カウンターで受け取った札を握りしめ、文庫の100円棚で時間を潰す。
この後の流れを脳内でシミュレーションする。
店内放送での呼び出し→買取商品と査定額の確認→買取の同意・身分証の提示→金銭授受
大まかな流れはこんな感じだ。
家長に水着写真集の存在がバレる危険性が高いのは買取商品の確認時だが、確認といっても簡単なものだ。
大抵の場合、査定後に大まかに積み上げられた商品を目視するにとどまる。
その積み上げ方には、一定の規則性がある。
スーパーのレジの店員さんが読み込んだ商品を合理的にカゴに収めていくのと同じだ。
水着写真集や雑誌のように面積の広い商品は土台になる。
その上にはCDや参考書が積まれる。
しかし、それらの面積では水着写真集の面積をカバーすることはできない。
僅かな隙間から水着姿の快活少女が無邪気にその存在をアピールする可能性は十分ある。
それを防ぐためには、水着写真集が他の雑誌の下に置かれるようにするしかない。
どうすれば良いか。
私が講じた策はシンプルなものだった。
水着写真集を他の雑誌でサンドウィッチした状態で店員に預ける、ただそれだけ。
実はショッピングバッグに入れた時点で、水着写真集は10冊ある雑誌の5冊目と6冊目の間に挟まれていた。
私の手を離れた雑誌類は、一度(もしくは二度)に分けて袋から取り出されるだろう。
そして上から順に査定され、査定が終わった順に積まれていく。これもおそらくだ。
ただ、水着写真集は雑誌の束の中心にあるので、査定が1冊目側から行われても10冊目側から行われても、家長の目に触れる位置に積まれることはないだろう。
勝機は、ある。
持ちこんだ商品が多かったので、査定に時間が掛かっている。
それとなく買取カウンターに視線をやる。
査定は既に佳境を迎えているらしく、店員は手元のタブレットを操作していた。
その傍らには今回持ちこんだ商品の山が見える。
雑誌を土台に、CDや参考書が積まれている。計算通りだ。
!?
私の予想に反し、土台の最上には水着写真集が鎮座していた。
マズイ・・・。
刺激少なめの裏表紙が天に向けられているのは不幸中の幸いだが、このままでは「こんなの持ってたの?」と家長に問われかねない。
もう、どうにもならない。腹を括ろう。
番号が呼ばれた。
家長と共に買取カウンターへ。
快活少女はCDのケース越しに笑顔を見せていた。
私は運転免許証を取り出し、手続きを済ませた。
水着写真集の買取金額は10円だった。それでも、合計の買取金額は思ったより高かった。
結局、家長には何も言われなかった。
武士の情けで黙っていたのか。それとも単に気付かなかっただけなのか。
私は一抹の寂しさを胸に抱きながら、快活少女に別れを告げた。
今週の読了本
石持浅海さんの『賛美せよ、と成功は言った』-碓氷優佳シリーズ第五弾。
十五年ぶりに再会した武田小春と碓氷優佳は、予備校時代の仲間が催す同窓会に参加した。ロボット開発事業で名誉ある賞を受賞した同期・湯村勝治を祝うためだった。和やかに進む宴の最中、出席者の一人、神山裕樹が突如ワインボトルで恩師の真鍋宏典を殴り殺してしまう。優佳は神山の蛮行に〝ある人物〟の意志を感じ取る。小春の前で、優佳と〝黒幕〟の緊迫の攻防が始まった――。
-裏表紙より引用
碓氷優佳の高校時代を描いた連作短編集『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』に登場した彼女の同級生・小春が再び視点人物に。十五年ぶりの再会とともに、年を経たことによる優佳と自分自身の変化を実感する。過去の出来事に起因する複雑な心境と、諦めのような理解がリアルだった。
今回はこれまでの長編とは異なり犯人視点の物語ではない。しかし、優佳と小春が疑惑を持った人物は物語の序盤で明らかになるので感覚的には倒叙ミステリだ。
武田小春もなかなかの切れ者なので、彼女の視点に立った私も切れ者気分で緊迫感が味わえた。
容赦なく事件を愉しむ碓氷優佳に危険な魅力を感じるのは私だけではないはずだ。
<了>