拝啓、佐藤雅彦

あなたのファンになってから随分経ちますが、私の世界はあなたの表現で溢れ平和ではありません。私があなたを知った瞬間は今となっては思い出せませんが、物心がついた頃には『ピタゴラスイッチ』のファンでした。一番かぶれていた小5の頃にはピタゴラ装置を作っては、タダで貰った学習塾のノートに記録していました。最終的に記録ノートは三冊に及びましたが、私は私の装置に満足していませんでした。卒業文集でユーフラテスの一員になることを誓い、中学では科学部に入りました。そこで学んだロボット作りのノウハウには、ピタゴラ装置とは違う面白さがありました。『ピタゴラスイッチ』も『0655』も『2355』も相変わらず生活の中にありましたが、私自身の夢への情熱は徐々に失われていきました。有り体に言えば「ユーフラテスに入るなんて無理だ」と思ったのです。学年が進むにつれて、自分が文系科目の方が好きだということも、慶應大学がおいそれと入れる場所ではないことも、疑いようのない事実だと分かり始めました。そんな時、ピタゴラ装置好きの高校生が制作チームにスカウトされたことを知りました。私はたまらなくなって、三冊の記録ノートを処分しました。この出来事が、私に夢を諦めさせてくれたのです。

特に目標がないまま、私は高校に進学しました。堂々と将来を語るクラスメイト達を見て、目標がないことが普通ではないことを何となく悟りました。私は高校でも科学部に入りました。『ピタゴラスイッチ』のいちファンに戻った後も、自分が文系だと確信した後も、私は科学部というコミュニティが好きでした。少人数だったこともあり、活動内容は学年ごとに委ねられていました。私たちは、ピタゴラ装置を作ることにしました。皆でひとつの装置を作るという発想はありませんでした。私がピタゴラ装置について一家言を持っていたからです。ピタゴラ装置(からくり装置、コロコロ装置)には様々なスタイルがありますが、私は今度こそ『ピタゴラスイッチ』のピタゴラ装置を作りたいと思いました。にわかに沸き起こった情熱を注ぎ、私は四つのピタゴラ装置を作りました。部室の備品や100円ショップで調達した材料を用いたそれらの装置が完成した時、そして成功した時、私はこれまでにない満足感を得ることができました。以前にピタゴラ装置を作った時から、私は多くのものを得ていたのです。悔いなく高校を卒業し、今は大学で文学を専攻しています。そして、ブログを始めました。頭に浮かんだ言葉を種にして文章を考えるのはとても楽しいです。

先日、『佐藤雅彦全仕事』という本を読みました。ずっと欲しかった本です。あなたが手掛けたコマーシャルやデザインについて網羅的に書かれていました。最初に載っていたのは湖池屋「ジャガッツ」のコマーシャルでした。銀行から走り出る男を映したビデオを見る刑事たち。男の姿を確認するために何度もビデオを巻き戻すと、その度に偶然映り込んだ主婦の「コイケヤのジャガッツはこのギザギザがおいしい」というセリフが繰り返されるというものでした。私は懐かしい気持ちになりました。YouTubeであなたが作ったCMを夢中で見ていた小5の頃を思い出したのです。

見覚えのあるCMの数々が様々な方法論に基づいて作られていたことを知り、衝撃を受けました。体を動かし、口を動かし、語呂が良い言葉を探す。この作業はブログとも共通していると思いました。私は口に出して読んだ時に調子が良い文章を目指しています。私はあなたに到底及びませんが、期せずしてあなたに近づいていることを知り、勝手にうれしくなっているのです。紛れもない思い上がりですが、私もあなたもたいして変わらないという気持ちであなたを見ていたいのです。あなたが作る優しいものを感じながら、あらゆるものを目一杯感じながら、私は進んでいきたいのです。

 

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