月刊ドラマを、読む。2

『相棒』シーズン1のノベライズ版を読み返していたら、あとがきに著者の碇卯人さんによるこのような記述があった。

脚本と完成した映像を見比べて違いを発見したときなどは、現場の演出がどう加わったのかと思いを馳せ、ひとりでにやにやと楽しむこともできてしまう。ノベライズ作家の特権といえるだろう。

ー427頁より引用。

碇さんも私と同じ楽しみ方をしていた。

 

そしてノベライズにあたってオリジナル脚本を資料としていることも分かった。

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この記事で私は、完成した映像に基づいてノベライズされると書いたが、それは間違いだった。

 

私の誤解はシーズン18のノベライズ版・下巻の「ディープフェイク・エクスペリメント」(脚本:輿水泰弘)の冒頭の記述に起因する。

冠城亘は近くの公園で、組織犯罪対策五課長の角田六郎と昼食を食べていた。角田の提案で、ふたりは弁当を交換した。

ー267頁より引用。

亘が角田課長の愛妻弁当を食べ、課長が亘のコンビニ弁当を食べるこのシーンは放送にも存在するが、実はアドリブであることが角田役・山西惇さんのツイートで明らかになっている(私の記憶が確かなら、アドリブを提案したのは反町さんだと書かれていたはず)。

 

このシーンがノベライズ版にも存在していたことから、放送された映像に基づいてノベライズされると私は思い込んでしまったのだ。

 

考えてみれば当然なのだが、ノベライズは脚本に基づいて行われる。そして放送された映像の内容も反映されているのだろう。

 

そう考えると、「ブラックパールの女」(S17#6、脚本:山本むつみ)でのロス疑惑のくだりが脚本とノベライズ版に存在し、放送ではカットされていたことにも納得がいく。

ドラマ版のノベライズ作品は(シーズン2以降は特に)放送内容に忠実である。それでもたまに放送内容とは異なる記述が見られる。上記の他、「悪魔の証明」(S15#18、脚本:輿水泰弘)で衝突した特命係のふたりを月本幸子がとりなすシーンや、「怖い家」(S17#12、脚本:山本むつみ)で亘が梶井基次郎の「櫻の樹の下には」を想起するシーンなどである。

脚本誌やシナリオ集に掲載される作品は限られているので断言はできないが、碇さんの創作だと思われていた箇所が実は放送でカットされたシナリオのサルベージである可能性は高い。

 

 

 

月刊『ドラマ』の最新号。シーズン21から三作品のシナリオと各脚本家の「作者ノート」が掲載されている。

表紙のイラストが特命コンビだ!今、気付いた。

 

各話のあらすじと感想など

 

川﨑龍太 「逃亡者 亀山薫」(#3)

嘱託職員として警視庁に“出戻った”薫に殺人容疑がかかる。被害者は輸入雑貨店の店長で、凶器に残された指紋や目撃者の証言から薫の関与は濃厚だった。休暇中だった薫は「こうするのが一番」と言って出頭を拒否、姿をくらませてしまう。現場の状況から薫が嵌められた可能性に思い至った右京は、事件前に薫が調べていたという所轄署での転落事故について調べ始める……。

 

昨シーズンから『相棒』に参加した川﨑さん。今シーズンは今作や「まばたきの叫び」(#14)のように、オカルティックだった昨シーズンの作品とは打って変わって、社会派の作品を書いている。今作では警察官の不祥事という社会派要素に薫の逃走劇をプラスし、守備範囲の広さを発揮している。

「作者ノート」によれば「薫が右京を頼らない理由」を探すのに苦労したそうだ。放送内容との違いは、被害者が左利きである根拠が「工具の位置とギター」ではなく「マウスの位置とハサミ」である点と、右京が羽柴刑事を強く糾弾していない点が主に挙げられる。また、シナリオでは被害者が塩見家を脅迫した発端が薫が被害者を訪ねたことにあると言明されている。

父親の不正と自殺、母親の殺人。残酷な真実の上に今の自分があることを知ったとき、一人息子はどうなってしまうのか。『相棒』でも類を見ないほど残酷な真実は、薫と右京によって明らかにされた。「正しい」ことは本当に「正しい」のか。『相棒』に通底するテーマのひとつである。「赤いリボンと刑事」(S5#8、脚本:岩下悠子)のようにひとつの「終わり」(登場人物の行く末)が描かれていないため気を揉まれるが、今は彼が父親のような、それ以上に清い警察官になってくれることを信じるしかない。

 

 

光益義幸 「最後の晩餐」(#4)

タクシーに乗った右京と薫は座席下から血液の付着したマフラーを発見する。運転手の話ではそのマフラーは直前に乗車していた男がしていたもので、さらに彼は道中でロープを購入していたという。人を殺めた男が自殺を図ることを危惧したふたりは、男の降車場所に向かう。ちょうど自宅から出てきた男を右京が尾行し、薫は近隣での聞き込みを開始する……。

 

手紙が本物なら封筒も本物だという先入観、本当の隠し子も女だという先入観を上手いこと突いた脚本。まんまと騙された。光益さんは『相棒』はおろか、地上波ドラマの脚本を手掛けるのも初めてだとか。いや、凄すぎる。「作者ノート」によれば、書き始めた頃は五代目相棒がまだ決定しておらず、亘を仮の相棒として書いていたそうだ。

本編ではカットされたシーンが多くあり、乗車時に男がジャケットを羽織っていなかったことやバーテンダーが空き巣に入られた話が伏線として張られていたり、犯人の仲間割れの経緯が詳細であったりと、話が丁寧に作られていることが分かる。「ついてない女」(S4#19、脚本:古沢良太)を彷彿とさせる構成と「美和子スペシャル」ネタを持ってくるサービス精神に乾杯!

 

 

山本むつみ 「砂の記憶」(#7)

二十年前に起きた連続通り魔事件の犯人が再び犯行に及ぶという旨の匿名の告発文が特命係宛てに届く。伊丹が捜査を担当したその事件の被害者は七人おり、七人目の被害者である女子中学生は犯行の際に殴打され亡くなっていた。傷害致死罪の公訴時効が迫るなか、新たな通り魔事件が発生する。しかし、今回の被害者は二十年前の被害者たちの共通点からは外れていた……。

 

シーズン12から参加の山本さんによる作品。構図がシンプルな分、人物描写が胸に響く。今シーズンにシンプルな話が多いのは脚本家が意識しているからか、それとも亀山薫というキャラクターが持つ力なのか。生き残った者の理不尽な自責の念「サバイバーズ・ギルト」は、「まばたきの叫び」とも共通するテーマである。

シナリオでは「警察官の不祥事」というテーマが強調されており、中園参事官と内村刑事部長のシーンが本編よりも多い。「アンタッチャブル」(S15#11)や「いびつな真珠の女」(S18#17)のように山本脚本作品の中園参事官は大きな見どころのひとつだ。

相違点ではないが、右京が使用しているティータイマーに「(-冠城亘の置き土産)」という補足がなされていた。今までにこのティータイマーを見た記憶はないが、山本さんの亘への愛が設定に表れていて嬉しくなった。最高!冠城期を見返さねば。

 

 

月刊『ドラマ』って、素晴らしい。

可能ならシーズン後半のエピソードも特集して欲しい、切実に。

 

 

 

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輿水さんがまた配信に出演していたらしい。また、気付けなかった。そして今回はスゴイ。今シーズンの初回前後編に加えて、なんと「ダークナイト」(S13#19)について語っている。これはスゴイ。

 

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そして橋本監督のインタビュー。主に後編で『相棒』について語っている(シーズンを跨いだ話を撮る際の苦労など)。

 

脚本家や監督のインタビューをもっと聞きたい(読みたい)。

だから、新しいシナリオ集かオフィシャルブック出して欲しい、切実に。

ねぇお願い、買うから。

 

 

<了>